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「私」のボリュームを下げ、「意識」のスペースを空ける

460: もぎりの名無しさん :2011/06/26(日) 14:03:44 ID:xGnxdwgo0
>>451
U4よ。
最近自分を休むことは少しずつ出来てはいる。
今はこの時間を増やすことを専念している。

ちょいと今回は質問ってか愚痴みたいなもんだが聞いて欲しい。

オレは残念ながら「愛を感じない」んだよ。
瞑想で絶対的な安心感や愛なんて感じれるほど天才じゃないんだ。
ものすごく感じたいんだけれども。
U4は普段どうやって感じてるんだ?

そして既に叶っている。今すぐなれる。
なぜこんなことを言ったのだろうな。
これほど魅力的なもんセリフは無い。
「待つ」この恐怖を消し去ってくれる。
今すぐにでも叶うならそちらを経験したい!
しかし出来ない!
これは「今」を感じることが出来ないものに逆に更なる絶望感を植え付けてるだけだと思うんだが。

また「自殺」についてどう思う?
例えば「就寝」これはまさにエゴも自分も消し去る行為だよね。
起きているときよりずっといい。てか起きている世界が嫌だから自分を消す。
おれらは一日のうちかなりの時間を割いてこれをしているに関わらずいまだにこの現実(幻想)からは目覚められない。
これを突き詰めると「自殺」これは素晴らしい行為だと思うんだよ。
死などない。しかも自分・自我を殺せる。最強のメソッドだと思わないか?
しかしなかなか勇気がないんだよな。

自分、幻想から目覚めるために自殺に近いことをどうするのか。
これがポイントであると思うんだよな。

まあ質問していること自体が叶ってない立ち位置にいることも分かってる。
早くこの現実(幻想)ではなく天国にいる自分を自覚したい。
神を感じることが出来ない。

473: 245 :2011/06/26(日) 22:15:45 ID:c/U4/Npg0
>>460

>オレは残念ながら「愛を感じない」んだよ。
>瞑想で絶対的な安心感や愛なんて感じれるほど天才じゃないんだ。
>ものすごく感じたいんだけれども。
>U4は普段どうやって感じてるんだ?

当たり前のように感じるからね。
それは人と関わりを持つ時もそうだし、無理やり感じようとしたりしてるわけじゃなく。

これは別の人にもレスをしたが、あなたが他の人に対して壁を作れば作るほど愛を感じなくなる。
壁を作るほど愛という側面が見えてこなくなる。
だから「自分」と「他人」という風にきっぱりと線引きして壁を厚くしないのがよい。
壁を厚くするほど、周りは敵に見えてくるだろう。
周りはあなたにとって脅威になるだろう。壁を厚くすればするほど、あなたは接触をさけるか、もしくは牙を剥くしかなくなる。
あなたが所有にこだわるのも偶然ではない。まさに周りの敵からあなたの取り分を確保しないといけないからだ。
これは、あなたのパーソナリティの問題ではない。あなたの本質は愛に溢れている。
しかしあなたが壁を作れば作るほど、あなたはそこに閉じこもらなければならなくなり、そこは冷えきっている。
そこは窮屈だ。愛を感じるのは極めて難しくなる。


>そして既に叶っている。今すぐなれる。
>なぜこんなことを言ったのだろうな。
>これほど魅力的なもんセリフは無い。
>「待つ」この恐怖を消し去ってくれる。
>今すぐにでも叶うならそちらを経験したい!
>しかし出来ない!
>これは「今」を感じることが出来ないものに
>逆に更なる絶望感を植え付けてるだけだと思うんだが。

「今」を感じる事が出来ないものなどいない。考え事をやめればいいだけだ。
そして考える事で、「現状」という記憶を何度も呼び起こす事で、何度もその絶望感を呼び起こしているのだから、それを止めればいいという事になる。

そしてその魅力的なセリフはまた「待ち望む姿勢」を解除すべしという事だ。
待ち望む姿勢がまた「今はまだ叶ってないな」という記憶をリピートさせ、それがあなたをそこに留まらせる。


>これを突き詰めると「自殺」これは素晴らしい行為だと思うんだよ。
>死などない。しかも自分・自我を殺せる。最強のメソッドだと思わないか?

無駄だ。それでも自我は殺せない。それに自我は死ぬのではなく統合されるのだ。
そもそも幻想というのは自作自演のゲームのようなものだ。
それに気づくのにそんな必死さはいらない。必要なのは気楽さだ。
必死になるという事はゲームに深刻さを与えるようなものだ。
つまり幻想だと言いながらも、「これはやっぱり真実だ」と言い続けるようなものだ。

それにあなたはエゴを相手にとったつもりで「こいつさえ死ねば」というかもしれないが、そう言ってるのもやはりエゴだ。
つまり相手とったつもりでもどこまでもついてくる。抵抗するようなやり方では解決しない。
だから、休めと言っている。
休まなければ、いつまでたってもそれがあなたのフリを続けられるのだ。
だから、あなたのフリを続けるそれと距離を置くのだ。

あなたが「分離したあなた」であり続ける限り、神を感じる事はできない。
俺様であり、神様だ、と言ったところで、俺様がでしゃばる限りで神様は入ってこれない。

焦らないこと、活性化させないこと。胸の軽さが大事だ。

481: 245 :2011/06/27(月) 23:32:50 ID:c/U4/Npg0

今日はレスくれた方には申し訳ないのだが、レスに回答するのは割愛させてもらってものすごく感覚的な事を書いてみる。
というのも、今まで書いたのは主に論理的というか左脳的な感じだったのでこれ以上書いても感覚的な人にはかえって混乱させる気がした。
よって今日は感覚的に捉える人向けに書いてみる。とはいえ、俺が書くと左脳的な感じになってしまうかもしれんのだが。。。


まずあなたの「意識」がある。
それは常に眺めているような感じだ。
言葉は決してしゃべらない。
喋っているのは「意識」ではない。
それはず~っと眺めているだけだ。

そこに「私」という感覚が入ってくる。
今あなたが「私の心」として捉えているものだ。
それが言葉をしゃべる。
それははっきり言うとノイズのようなものだ。

あなたの意識を「私」という感覚が占領しているので、それを「私」だと思っている。
その「私」のボリュームを上げれば上げるほど別の領域が入ってこれない。

だから「私」のボリュームをなるべく下げる。
出来るだけ「意識」のスペースを空けておく。
あなたの意識に「静寂」を迎え入れるような感じ。
あなたの意識に「別の領域」を迎え入れるような感じ。
あなたの心の奥に耳を傾けるような感じ。
するとだんだん「私」のボリュームが下がってくる。



この感覚がもし理解できて、あなたの気持ちが軽くなるのを実感できるとしたら、あるいは、何となく安心感を実感できるとしたら、これを時間がある時に繰り返しやればいい。

以上。伝わっただろうか;あくまで俺の感覚を元に書いてるのでこれ以上は説明できないな。
これで何か掴める人がいればいいのだが。。。


あと今後はあまり頻繁には来ないと思うので。たまには来るけどノシ


ザ・チケット板 *108以外*質疑応答【4】 より
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あなたが今「あなた」だと思っている自我はただの演技

443: もぎりの名無しさん :2011/06/24(金) 18:55:22 ID:M6uh59OY0
245(U4)はオレが初めて質問をしたいと思った男。
そういう点では誇っていいぞU4よ。おめでとう。

さて、神様、仏様、U4様、質問させてください。
「自分が本当は神であり、天国のど真ん中にいる。
それを思い出せばいい」
これはacimでもいわれていることだよね。
これについては自分は少なくとも興味心身だ。
早くこの幻想から目覚めようと思っている。
確信なんて出来る体験したことないけれども。

そこで質問だ。
無条件の愛についてはどう思う?
デバッグにもその視点を持つことを進めている。
しかし「所有したい」この条件をどうするんだろう。
これがエゴのアイディアだというけれどもそれこそが全てだろ?

ここでアドバイスをしている奴らも「所有している」からこそ誰にでも何でも言えのでは?
もし、本当にこの世のすべてが愛であり、それを実感しているならば所有したいと思わないだろ?

例えば付き合って恋人になる・夫婦になるとは他の異性と浮気は厳禁という暗黙の了解がある。
つまり自分だけのものにする「束縛する」「所有する」ということだ。

金もそう、なぜ所有するのだろう。
彼らがすべてを手放して、自分は無条件の愛でこの世界を見ているというならわかるんだよ。
だがそれはしない。出来ない。
で、持たざるものに無条件の愛を感じろ、所有したいというのはエゴのアイディアとアドバイスするのは無茶苦茶じゃないかと思う。

オレは所有したい。自分のものにしたいんだよ。
無条件の愛を表現することは出来ないんだ。
「きれいな外見をしている人がいる」
「大金持ちがいる」「大好きな人がいる」
「すきなものがある」なるほどな・・・
だが、、、それらをバンバン所有したいんだよな。

444: もぎりの名無しさん :2011/06/24(金) 19:04:45 ID:0zbamEas0
>>443
何様だよwどんだけ自分は特別だと思ってんだよw
うけたw

451: 245 :2011/06/25(土) 08:59:20 ID:c/U4/Npg0
>>443

>そういう点では誇っていいぞU4よ。おめでとう。

そ、そうか;


要するに色々と書いてはいるが、「無条件の愛」とか「今すぐ幸せになれ」
とかじゃなくて現象として色んなものを自分のものにしたいんだけど、どうなのよ?
っていう話だね?


>持たざるものに無条件の愛を感じろ、所有したいと
>いうのはエゴのアイディアとアドバイスするのは無茶苦茶
>じゃないかと思う。

持たざるもの、という部分は置いといて、「愛を感じる」事自体が知覚を治すのに効果的だ。
だから、それはそれであなたにとって好都合な部分が増えるんだが。

それから、ほかの人がどう言ったかは知らんが所有したいならそうすればいいという のが俺の考えだ。
まあ所有によって得られる喜びは所有したとたんにあまりなくなるけどね。

まず、立ち位置の話は読んでもらえたと思うがあれと絡めて話すならば、今あなたが「そんなにお金がない」と感じていたとする。
あなたが経験している現実もまた、「そんなにお金がない現実」だ。そしてそこがあなたの立ち位置だ。

だから「お金にもっと余裕のある現実」を経験するための方向性は、そこから離れていく事だ。

はっきり言うと、あなたが今「あなた」だと思っている自我はただの演技だ。
その役どころはいくらでも変わるのだが、あなたがそれをいつまでたっても演じようとする。

だから「そんなにお金に余裕がない役どころ」を単に演じているという事だ。
多くの人が「苦しい、もうだめだ」とか言いながらその役どころを手放そうとしないのは愛着があるからだ。
今まで散々演じてきたその役どころを離れるのが寂しいのだ。
だから、これ以上ないぐらい苦しいと感じている人はまさにチャンスなのだが。

んじゃ、お金があるように演じればいいのか?それも一つの方向性だ。
これはいわゆる「なる」や「直結」の方向性だ。
しかし、これは多くの人が抵抗に負けてやめてしまってきたかもしれない。
あなたはすでに「お金のない役どころ」の演技がすっかり板についている。
そこに「お金のある役どころ」を上書きするようなものだが、当然「お金のある役どころ」の演技が板についてくるまでは現実として経験するものも「お金のない役どころ」の方だ。

では、俺がオススメする方向性は?
「あなた」という演技を少しずつ休む、だ。その方向性が瞑想であり、自己観察だ。
あなたがその演技から徐々に離れていくならば、別の領域から新たな役どころが提供されるようになる。
そして、その役どころはあなたにとって好ましいものだ。
お金だけでなく、人間関係、恋愛関係などあなたが今不都合だと思っているものが、「あなたが演技から離れるに従って」解消されていく。
あなたがその演技を続ける限り、別の領域があなたを助けたくても新たな役どころを与える事ができない。
だから、その舞台から降りるのだ。抵抗をやめるのだ。

「瞑想」や「自己観察」をして、現実を見るなとは?
また元の役どころに戻るな、という事だ。
せっかくその役どころを休んで少しずつ離れていこうとしているのに、またその演技に磨きをかけてどうする?

とはいえ、すぐにはその演技から離れられないだろう。
だから、演じてしまったとしてもそれはそれでしょうがない。
すっかりその演技が板についているというだけだ。
アカデミー賞モノの演技力だ。簡単には離れられないだろう。
だから徐々にでいい。徐々にであってもあなたは手ごたえをつかむはずだ。
手ごたえを掴めば、あとは何に従えばいいかがわかる。焦ることもなくなるはずだ。

そして「現実を疑う」は注意事項だ。それは頭に置いておくといい。
現実というものと距離感をおくことで、よりその演技から離れやすくなるからだ。
あまりにも現実というものを「こうだ!」と確定させてしまうと、それにそって演技を続けてしまうからだ。

現実というものはサインとして捉えればいい。
それは、「今のあなたがとても上手く演じている演技はこれですよ」というものを映し出してくれていると思えばいい。



ザ・チケット板 *108以外*質疑応答【4】 より

「意識的」に生きるという事

343: 245 :2011/06/17(金) 22:57:46 ID:c/U4/Npg0
ちなみに昨日の番外編として、、、、

「誰にでも出来る!簡単、お手軽『認識変更』」


認識とは、あなたの観念(真実だと思っている事)を集めたものの事であり、別の表現で言えば、あなたがリアリティを持たせて「常識として認めている」すべての事である。

これを比較的簡単に変えていく方法は、チケットやデバッグ、あるいはある程度信頼のおける引き寄せ本、上手くいってそうな人のレスなどを「これが私の認識だ」「これは俺の書き込みだ」というような感じで読むことである。

しかし、当然読んでいく途中で、「んなわけねーよ」っていうような部分に突き当たるだろう。
実はそこが、認識を変えるチャンスなのだ。
もしかすると、そういう部分は積極的に無視している可能性もある。
だから、チケットなどをふともう一度読み直した時に、「あれ?こんなこと書いてたっけ?」となる事がある。
それは認識が近づいた証拠と言ってもいい。
あまりにも認識がかけ離れていると、無意識のうちに避けてしまう事があるのだ。

ここで、その「んなわけねーよ」に突き当たるという事はどういう事なのか。
それは、リアリティのバランスを変える瀬戸際にたっているという事であり、今まですんなり信じてきた「当然」を疑うチャンスなのだ。

だからといって、すぐにはあなたはその「当然」の真逆を信じる事など出来ないだろう。
でも、「こんなの到底信じられないけど、もしかしたらそうなんだろうか?そんなことありえるんだろうか?」と、その「当然」に対して少しだけニュートラルな考えをしてみようかな、逆の可能性を少し考慮に入れてみようかな、と思う事があるかもしれない。
それが「疑う」という事だ。

そうする事であなたの認識が変わっていく。
それはごくわずかなリアリティの移動かもしれないが、そうする事で少しずつ「当然」の位置が変わってくるのだ。


これを暇な時にでもやっていれば、そのうちあなたも108チルドレンになれるだろうw

344: 245 :2011/06/17(金) 23:01:08 ID:c/U4/Npg0
それから、全く意味がわからん人へ

昨日は、引き寄せ的な知識というか技術的な事を書いたけれど、引き寄せなんかまったく知らなくても人生上手くいってる人とそうでない人がいる。

その差は、才能でも努力でもない。
単に出来る限り「今」という瞬間を生きてきたかどうかというだけの事だ。
「過去と未来」を行ったり来たりせず、可能な限り今に意識を注いできたかどうか。それだけである。

だから、たとえ何をいってるかわからなかったとしても天然で幸せになる事も出来る。
人によっては、必要なのは単にそれだけだったりするのだ。

だから、「これがわからない限り幸せにはなれない」と途方にくれる必要もない。


あともう一つ、口に黒酢とレモンとグレープフルーツを含んだぐらい酸っぱくして言いたい事なのだが、

「意識的」に生きるという事だ。

つまり上手くいかない人は、大抵の場合「無意識」に生きているという事だ。
「無意識」に生きるという事はほとんど寝てるようなものだ。
「頭の中のおしゃべり」に流されて、夢を見ているようなものだ。
だから、大きく認識を変えた人たちは、「目覚めた人」と表現される事があるのだ。

実は>>296の質問を受けた時、少し面倒くさいと感じたのだがw(←おい)、今にしてみればナイスな質問を投げかけてくれた。


>「疑う」って現実を生きている身からすると「何か怪しい・違うかも」と感じるから
>すると思うんですが

この部分だ。これが、今の自分のリアリティに素直に従うという事だ。
今自分が信じている事の反対の事を信じないという事。
「何か怪しい・違うかも」と感じるから疑うのは、その時あなたがリアリティを与えている事に照らし合わせた結果、「真実ではなさそう」と判定を受けたので、それに従うという事だ。

これが無意識に生きるという事だ。
どれだけあなたが「自分で考えたんだよ」と主張したとしても、それは必ず方向づけられた思考だ。
無意識に生きる限り、あなたに自由意思などないのだ。
逆に言えば、意識的に生きるならば、あなたはあらゆる意味で自由だと
いう事だ。

だから、「意識的に生きよう!」と決意するのもいい。
そしてそれは「今」を生きる事でもある。

これなら、テクニックに縛られずに幸せになる事も十分可能だ。


では、よい週末をノシ



345: もぎりの名無しさん :2011/06/18(土) 00:07:49 ID:pRavdJKs0

今見える現実に従わないでいたら自由意志が生まれるの?
桑田さんは自由意志は無いと言ったけど、それは立ち位置の問題?

346: もぎりの名無しさん :2011/06/18(土) 00:40:38 ID:.CQJjTs.0
>>245さん

私も叶えたい願いへの執着から無限ループが続いているので丁寧でわかりやすい説明とっても有難いです!
何度も読んで自分の立ち位置をずらして行ければと思います。


372: 245 :2011/06/19(日) 22:25:35 ID:c/U4/Npg0
>>345
う~ん、桑田さんとやらの真意がわからないけど、表現の問題じゃないかな?
例えばあなたがラジオだとしたら、あなたがNHKに周波数を合わせてたとしたら、ずっとNHKの番組が流れるよね?そこに周波数を合わせたまま、

「なんだよ。この番組。ネガティブな内容ばっかりじゃね~か。つまんねぇ」

と言ってみたところで、それは変えられない。そういう意味で自由意思はない。
だけど、周波数を変える事はできる。だから、NHKに飽きたんならニッポン放送に変えればいいだけなんだ。
NHKに周波数を合わせたまま足掻いてもしょうがない。

それが「前提を変える」という事であり、「立ち位置」を変えるという事でもある。
「認識の変更」とも言う。


前 提 の な い 思 考 は な い

どんな思考にも必ず「前提」がある。

例えば、「何とかして願望を叶えたい」と思考する時、「叶っていない」とか「願望はそう簡単には叶わないものだ」とか「願望が叶えば幸せになれる」とかの前提がある。

あるいは、あなたが「腹減った」という時、空腹感というその感じに対して、 「肉体における腹という部分が食物によって満たされていない状態がこの感じだ」という前提がある。
その前提がなければ、「腹痛い」でも「腹に違和感がある」でも「残尿感がある」でも何でもいいわけだ。
あなたが前提に気づかないのは、あまりにもそれが「当然」すぎるからだ。
あなたによって、それが「当然」の事として認定されているからだ。

このように、思考は必ず前提に依存する。認識に依存する。
よって、もしあなたが考えたくもない事を考えてしまうと感じるならばその前提を変えればいいという事だ。チャンネルを変えればいいという事だ。

まぁ、とはいえ、前提を変えたとしても、今度はその新しく採用した前提に思考は依存するんだけどね。そういう意味では自由意思はないと言えなくもないかな。

でも前提やチャンネル、認識、「あなたが何を当然(リアリティ)とするか」は変えられるよという意味で、自由だよって書いたんだけどね。


>>346

まぁもし今、辛い状態だと感じているのなら、「早く幸せになりたい!」と焦るかもしれないけど、少しずつで大丈夫だから。

焦って「疑わなければ」とするとかえって辛くなったりするから。


ザ・チケット板 *108以外*質疑応答【4】 より

現実に対してニュートラルな立場をとる

296: もぎりの名無しさん :2011/06/17(金) 00:00:34 ID:9cAXdHHs0
>>245さん
患部をとりわけ丁寧に処置するような、丁寧な解説に感謝です。
今読んで数分実行しただけなんですが、ちょっとひっかかったので質問させてください。

今日ちょうど不都合なことがあったので、それについて「現実を疑う」をやってみました。
「本当にそれは真実か?本当に本当に本当にそうか?」と。

が、エゴからするとどうしても「本当に決まってるだろ!!」の一点張りで、 疑うと揺らぐどころか強化される感じがします。
「お前が実際は違うって言ったって俺が五感でこう感じてるんだからそれが真実だ!」と。
疑う方が負けしてしまうというか。
「疑う」って現実を生きてる身からすると「何か怪しい・違うかも」と感じるからすると思うんですが、確実だ!絶対だ!と思っていることを疑おうとするのって難しいです。
疑う「フリ」みたいになってしまいます。
こういう人はあまり「現実を疑う」は向いてない、ということでしょうか?
(現実、記憶)←→(それに対応した私)でいうと、右側へのアプローチした方がいいのかな。

それとも、とりあえずそれでも疑ってみようという姿勢でいることで変化が起きてくるでしょうか?

勢いで質問しましたが、理解不足ですみません。
まだ何回か読みなおそうと思ってます。
今思ったんですが、ホログラフィックユニバースとかそういった文献をいろいろ読めばエゴも揺らぎやすくなりそうですね。
知識での理解でもって、そっちの方にもってくってのもありですかねー。


309: 245 :2011/06/17(金) 10:31:53 ID:ipDYVi8c0 i
phoneより

>>296
ん~なるほど。

まず>>283-290全体で感じてほしいんだよね。何を云わんとしてるか。
そして全体の流れを見てほしいんだが。
これはおそらく、だけど、「で、結局何をすればいいんだ?」という感じで読んでしまうと、「何をするか」、やり方ばかりを探して読んでしまうので他のところに目を通していても、頭に入ってこないんだよ。華麗にスルー状態になってしまう。

むしろチケットにしろデバッグにしろあるいは、質疑応答にしろ、「どういう状態なんだ?」
「どういうメンタリティなんだ?」「どうあればいいんだ?」という感じで読んだ方がいいわけ。
それが読むときのコツ。
そうでないと、趣旨がわからず、デバッグなんかは特に「要するに神にお任せすればいいのね」っていう要約で終わってしまう。

そうじゃないんだよ。「何をするか」ではなく、「どうあるか」、ここにフォーカスするんだ。
あなたが興味を持つポイントを変えるんだ。じゃないと、読んでも読んでも意識に入ってこないから。


という事をまず念を押したうえで、


>「現実を疑う」をやってみました。
>「本当にそれは真実か?本当に本当に本当にそうか?」と。

>が、エゴからするとどうしても「本当に決まってるだろ!!」の一点張りで、
>疑うと揺らぐどころか強化される感じがします。

まず、それは「現実を疑う」には程遠い。それは単に不都合な記憶を消そうとしてるだけだ。
不都合な記憶をエゴでもって消そうとする行為、それにただ「本当か?本当か?」っていう言葉をのせてるだけ。
「フリ」みたいになってしまいますってあなたが感じてる通り。
そして強化されてると感じてるのもその通り。あなたが感じている事は、全て正解だ。

それは相手の顔面をなぐりながら、「ありがとう、ありがとう」って言ってるのとなんら変わりないw で、「おかしいなぁ感謝してるのに「フリ」みたいになってしまうんだけど」って言ってるようなもんだw


もう一度目を通して欲しいのだが、「現実を疑う」のねらいは?
「リアリティを取り除く」

     ↓
「どんな現実なのかわからない」←→特定の不都合な「○○な私」を選ばない 

     ↓
別の領域にお任せする余地を広げる

という事なんだ。

だから、自分が今どんな「○○な私」を選んでいるかな、なっているかなという事を意識することが大事だ。

そして「叶えるためには駄目」の真意のところ。
あなたがやっているのは、「その記憶を現実じゃないものにするために」、疑ってるような言葉を心で発した(実際は消そうとした)。
この時の立ち位置は?
「その記憶を現実じゃなくそうとして、”疑うメソッド”をしてる私」だ。
つまり、その前提は「現実だと信じている私」だ。そう、あなたがやっている事はまさに、「今」、「その現実にリアリティ」を与えている、だ。つまり真逆だ。
本当に強化してるんだよ。あなたが感じている事はとても正確だ。

だから、右側からと左側からのアプローチと書いたけれど、それは俺の書き方が悪かった。
そこはそれほどこだわらなくてもいいのかもしれない。
そもそも右側と左側は密接につながって連動しているので、どっちをやっても反対側がやりやすくなるようになってる。だから、右と左は兄弟のようなものと思えばいい。

だから「現実を疑う」という事は、「今」、現実に即して採用してしまっている「○○な私」から外れようとすることだ。そこを意識する事だ。
そういう意味では自己観察と連動してると言っていい。
そして、あなたが今なっている不都合な「○○な私」を一つでも多く外すということだ

つづく

310: 245 :2011/06/17(金) 10:34:07 ID:ipDYVi8c0
つづき(iphoneより)

さらに言えば、おそらくその不都合な事というのは、未来に影響する事ではないかな?
なので、本当はあなたがやっているのは、その過去にリアリティを与える事ではなく、その過去に基づいて「この後こういう事が起こるのではないか」「こういう状態になるのではないか」という事に、未来にリアリティを与えようとしているのではないかな。
だから、アラームが鳴るわけだ。
それを信じるんじゃないよ、と。

本当は、その感情が小さいうちにやって欲しいのだが、もう完全に現実としてリアリティを与えてしまったと、「間違いなくそうなる」と確信している場合は、当然強いネガティブな感情がくる。
完全にその「○○な私」から外れられない状態だ。
そういう時は「感情」を感じる、という対処になる。
「感情」を感じるは、108さんの胸のあたりでただ思考を働かせずに感じる、もしくはまさにあなたが信じようとしていることをそのままアファーメーションにして感じる。
「この後、絶対こうなると思います」と。
あなたがリアリティを与えているんだ、という事を意識して感じる。「俺はこう信じているんだぞ」と。こうする事で、そのあなたにとっての絶対的な現実と少し距離を置けるだけの余地が生じてくる。

まぁ、急にすぐ、現実感を取り除けるとは俺も思ってない。最初は感情の浮き沈みを感じるだろう。

>「疑う」って現実を生きてる身からすると「何か怪しい・違うかも」と感じるからすると思うんですが、
>確実だ!絶対だ!と思っていることを疑おうとするのって難しいです。

まずこの「現実を生きている身からすると」っていうトコを薄めてってほしいんだよ。
現実があって、それとは別のスピリチュアルがある、みたいな。

「現実を疑う」というのは、あらゆる意味で疑うという事なんだ。あなたが家にいる、会社にいる、パソコンをしている、という事自体。もっとトータルに。
「俺は現実を生きてるけど、その記憶だけ疑おう、明日これが起こるかもって事だけ疑おう」じゃなくて。

「現実を生きている」っていう部分に強くリアリティを持たせると、当然その現実内で起こるらしきものもリアリティを持たせざるをえないんだよ。
だからもっとトータルで疑う、「目の前に人がいるけど、全然違うのかも」「今電車に のってるフリしてるけど、全然違うのかも」という風に。

そしてこの、>「何か怪しい・違うかも」と感じるから疑うという部分に関しては4.信じると疑うの相対性を参照。
「何か違うと感じるから疑う」っていうのはまさにあなたが持たせているリアリティに素直に従ったっていうだけだ。
つまり自分のリアリティを変化させる気はないという事だ。

そ の 当 然 と 思 え る リ ア リ テ ィ 自 体 に 対 し て 
ニ ュ ー ト ラ ル な 立 場 を と る 事 が
「 疑 う 」 と い う こ と だ と い っ て も い い。


まぁまだイマイチ伝わらないかもしれないけどね。それは俺の表現力の問題でもあるしね。
でも、あなたは、

「揺らぐどころか強化される感じがします」
「疑うフリみたいになってしまいます」

という風に正確に感じられているわけだから、そこを指針にすればいい。
たとえ頭の中が整理できなかったとしても、そのあなたが感じてるものは正確だ。
そこをどうやって楽な感じに、解放された感じにしようかな、というのがポイントだ。
つまり、理解なしでも感じ方に敏感になれば幸せに向かっていけるという事だ。



ザ・チケット板 *108以外*質疑応答【4】 より

『現実のリアクションマシーン化対策』 後編


287: 245 :2011/06/16(木) 21:43:42 ID:c/U4/Npg0

8.オートマティック幸せへの道

とはいえ、個別の「○○な現実」をいちいち見つめて一つずつリアリティを薄めていくというのはめんどくさい(まぁやりたい人はやってもいいがオススメはしない)。
そこで別の領域の出番だ。

あなたは現実(記憶)というものに反応して、常に特定の「私」になっている。
そして無限の可能性の中から、「これが現実だ」としてリアリティを持たせている。

 (現実)←→(それに対応した私)

しかしあなたは「○○な私」をどれも選ばないという事が出来る。
どれも選ばないという事は逆に言えば、「すべての私」であるという事だ。
「無限の私」であるという事だ。
記憶に縛られない無限の可能性を自分に許すという事だ。
それが別の領域に触れるという事だ。
それが108さんでいうところの「神と一致する」ということだ。
あるいは「十全である」という事だ。
「木彫りの人形として振る舞わない」という事だ。
そして「立ち位置のロックを解除する」という事だ。

9.無意識の抵抗と「なにもしなくてもいい」

あなたは意識的にしろ、無意識にしろ、別の領域、あるいは神、そして幸せに抵抗を続けてきた。
それは不都合な「○○な私」に「なり」続ける事によってだ。

あなたは、チケットの7章を適用して、私は「なにもしてませんよ」という。
確かに行動面ではなにもしていないのかもしれない。
だが実際は、

「なにもしなければ、現実は変わるんでしょ?」

と、依然として同じ「○○な私」を選び続けている。依然として同じ「○○な現実」に リアリティを持たせ続ける。
これでは「なにもしない」とは真逆の方向性だ。

「本当に」抵抗しないという事はどういうことか。
それは「○○な私」を選ばないという事だ。
不都合な「○○な現実」にリアリティを持たせないという事だ。
それが「神にお任せする」という事につながる。別の領域に服従するという事だ。
別の領域あるいは神は、無限の可能性の中からあなたを幸せにする「○○な私」を選んでくれる。
「○○な現実」を経験させてくれる。

いくら別の領域があなたを助けたくとも、あなたが「○○な私」を半ば強制的である にしろ、選んでしまうならば、別の領域はあなたを助けられない。

例えば、あなた(感じる主体)がプレイステーション本体であるならば、先にあなた(エゴ・自我)がゲームソフトを入れてしまうともっと面白いソフトを別の領域が持っていたとしても入れる事はできやしない。
たとえまやかしであろうと、あなたの選択を邪魔することは神にだってできない。

だから、神からあるいは別の領域からのプレゼントを受け取りたいならば、 何もソフトを差し込まない事だ。

これが「抵抗しない」という事だ。これが「別の領域」に自分を明け渡すという事だ。
これが「神に従う」という事だ。これが「○○なあなた」として「なにもしない」という事だ。

288: 245 :2011/06/16(木) 21:44:21 ID:c/U4/Npg0

10.瞑想の意味

瞑想をするとは何か。
瞑想をするとは、「○○な私」を選ぶのを一旦休業して、「何でもない私」になりますよ、という事だ。つまりどんな「私」にもなりませんよ、という事だ。
だから、「私」が瞑想をする、というのは本来おかしい表現ではある。
もちろんスタート地点はそうなのだが、最終的にはただ「瞑想状態だ」ということだ。

瞑想をやって疲れる人というのは、この「私が瞑想をうまくしなくちゃ」という状態を維持して意気込んでしまう人だ。
いつまでも「瞑想をする」という動詞が残ってしまう。
しかし、別の領域、十全な本当の私にはDo動詞は不要だ。あるのはbe動詞のみ。
つまり状態だけだ。
瞑想というのはDo動詞からbe動詞への移り変わりでもある。
自己観察にしても同じことが言える。「自己観察をするぞ」と意気込み過ぎて疲れる人もいるだろう。
そうではなく、「自己観察状態」へと静かに移行するのだ。


11.2方向からのアプローチ

さきほど6.で書いたを図をもう一度表示する。
この図において、右側と左側は相互に影響し合っている。

(現実、記憶)←→(それに対応した私)

この図の右側に対するアプローチが瞑想であり、自己観察だ。
つまり「○○な私」を選ばないという事。
自我と距離を保つことで、特定の「○○な私」と距離を置き、 「全てである私」に還るという事。

では、左側に対するアプローチは?そう、それが「現実を疑う」だ。
現実を疑うという事は、どういう事か。
それは、「今、目に見えているものや記憶は、もしかしたら自分が思っているのとは全然違うのかもしれないので、よくわかりません、何も確定していません。何が現実なのかわかりません」という意思表示だ。
デバッグでいうところの

・『見えているこれの正体は、実は無条件の愛なのかもという視点を持ってみる』
・『主よ、ここでの真理は何ですか』

という事だ。

つまり、この図における左側は、

  ↓
(????)←→(それに対応した私)


となる。

という事は、それにともなって右側も

           ↓
(????)←→(????な私)
 

という事になるのである。
ゆえに、「???な私」にはそれまでせき止められていた様々な可能性が入ってくるという事だ。
別の領域からの助けが入る余地が生まれて くるという事だ。
これが現実からリアリティを取り除いていく事の効果であり、デバッグで語られている事の主要な論点の一つだ。


289: 245 :2011/06/16(木) 21:44:37 ID:c/U4/Npg0

12.「今」わたしにできること

瞑想や自己観察が得意だったりしっくりきてる人は、そのまま右側へのアプローチを継続すればいいだろう。
一方で、そうでない人はまず先に左側へのアプローチをやった方がいいというのが俺の考えだ。
「現実」と「記憶」に対するリアリティを低下させた上で、右側に取り組むのもいい。
以前よりずっと現実に引っ張られなくなっているはずなので、右側への取り組みもスムーズになっているはずだ。
あるいは、ほかのあらゆるメソッドもそうだ。
現実と記憶に対する「現実感」を減らせば減らすほど、どのメソッドにも簡単に取り組める。
たとえば「完璧だ」と認定する、「完璧」を採用する事に対してもはるかに抵抗感が減るだろう。

あなたは「今」という瞬間において立ち位置を選んでいる。
これを別の表現にすると、「今」という瞬間において何かに対して「リアリティを与えたり、失わせたりしている」ともいえる。

これが「現実は内面の投影だ」という事だ。
あなたがリアリティを与えたことがあなたにとっての現実だ。リアリティを与えるという事は、現実に対する自分の立ち位置を確定させるという事でもある。
立ち位置を確定させるので、それに伴った現象を経験するということだ。例えそれが、不完全な知覚を通ったものだとしても。
それが108さんでいうところの「今という創造の最先端」にいるという事だ。

13.アラーム機能のおまけつき

あなたが、あなたにとって不都合なもの、幻想、「ない」にリアリティを与えようとしている時はすぐにわかる。
そう、ネガティブな感情によって。
つまりあなたは生まれつきアラーム機能を持っているという事だ。
なんという便利な設計。ただし、使い方を忘れさせられているというのが残念だがw

逆にポジティブな感情を感じる時、ワクワクする時、その時あなたは好都合な○○、「ある」を採用しようとしている(リアリティを与えようとしている)。
「それそれ、それだよ!それをあなたのリアルにしちゃいなよ!(byジャ(ry」
とお墨付きをもらっているようなものだ。
だから、たとえあなたがチケットやデバッグを読み違えて勘違いして「叶うかも!」とテンションをあげていたとしても、その時あなたが取ったポジショニング、「叶えられる私」自体は、立ち位置として決して間違ってはいないのだ。

なので、ネガティブな感情が来たら、「今、自分が信じようとしているもの、採用しようとしている観念、リアリティを与えようとしているものは何かな?」と気づく事。
そしたら、それを疑ってみることだ。
クレンジングが得意ならクレンジングをしてもよい。
クレンジングとは、あなたが今リアリティを与えている特定の定義(例えば、「お金を稼ぐには辛い思いをしなければならない」など)からリアリティを取り除くという事だ。

あなたがたは捻くれものなのではない。
むしろ記憶と現実、自我に対してあまりにも「素直すぎる」のだ。
もっともっと疑ってみるべきだ。もっともっとツンデレになるべきだ。
「こんな映像みせても信じてやらないんだからねっっ!!」と。

たったそれだけで、人によってスピードは違うかもしれないが確実に人生が上向いていく。

290: 245 :2011/06/16(木) 21:45:00 ID:c/U4/Npg0

14.スルーしないでね

以上が、現実のリアクションマシーン化対策だ。
ここまで読み進めてもらえばわかると思うが、これは何ら真新しい事は書いてない。
表現は多少違っているかも しれないが、これまで108さんをはじめとする多くのコテ諸氏らが口を酸っぱくして言ってきた事だ。
チケットとデバッグに書いてあることだ。
にもかかわらず、積極的にスルーされがちな部分をもう一度提示したに過ぎない。
ループしてしまう、という人たちがどこに重点をおくべきかを強調して書いただけだ。

間違っても、「おかしい。現実を疑っているのに、現実が変わらないぞ。」
などと言わないようにw 「それが現実を疑ってないって事だっちゅ~の」とツッコミをいれないといけなくなるw


それでは、健闘を祈る。



ザ・チケット板 *108以外*質疑応答【4】 より
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